三日目 宮崎県青島港、川南港、細島港

朝から雨模様である。

川南港で朝競りが行われるだろうと思い、青島漁港を午前6時40分に立った。

川南港までは途中宮崎市、新富町高鍋町等を経由し、約50キロの行程である。

川南港に着くと、雨は激しさを増し、どしゃ降りの状態である。

漁業倉庫に、5~6人いて作業をしている。行ってみるとマグロの延縄の仕掛けを作って

いた。

「こんにちは!」

「もう競りは終わったんですか?」

「いや、川南の競りは午後3時からだよ・・・」

種子島から来ました、よろしく」

と言うと椅子に座っていた長老格風の人がこちらを見て、頭を立てに振った。

「僕は、種子島の熊野港近くに住んでいるから、熊野港にしょっちゅう遊びに行く。

川南港船籍のマグロ延縄船をよく見かける」と言うと

「盆前、6月、8月にもマグロ漁のため熊野港に寄ったよ」と言う人がいた。

その人は、

南種子町にあるパチンコ屋でやられた!!」

と言っていた。

パチンコで負けても、マグロでは儲かっているんでしょう、乗ってる車がよか車じゃが

・・・と独り言。

「これがマグロの延縄ですか?」

「そうです。昔はクレモナを使っていたが、今はナイロンのテグスを使用

しているよ!」

魚釣りの仕掛けは漁師の命、やたらと人に教えないし、もくもくと自分で研究しながら

互いに競い合う。そのことを思うと簡単に写真を撮らせて・・とはいいずらいが思い

切って「写真を取ってもいいですか?」と言うと

「よかよ!」と長老格風の人の許可が出たので撮らせて貰った。

雨は止む気配がない。今日はどうしても細島港まで行きたい。川南港で午後3時から

始まる競りを諦め、細島港に向け出発。

細島港に着いたのが午後1時頃、雨も上がり雲り空の状態、網倉庫の所でロープの端末

処理をしている人がいた。年齢70歳位の人で、

種子島から来ました」と言うとニコニコしながら受け入れてくれた。

「この前、熊野港に行った。種子島お熊野港はしょっちゅう行ってるよ!」

種子島屋久島の間によか魚場(棚)がある。その棚は浅いとこで水深300m位、大

変よか棚でキハダマグロがいつも住み着いているようだ」

ただ、その棚は小さいため、熊野港で延縄船の代表者が集まって、いい場所を取るため

の優先順位を決めるそうだ。

そのやり方は、船数が少ない時はアミダくじ、多い時は割り箸に印をしてその印を引き

当てた人が良い場所を取る。その場所を取るか取らないかでは金額にして100万円位の

差があると言う。また、この棚の付近にはシャチもいて、延縄にかかったマグロを喰い

ちぎり、頭だけ残したりするそうだ。

「細島港の競りは何時からですか?」

「午前11時からだからもう終わったよ!」

時計を見ると午後1時30分、もうとっくに終わった後である。

「今日の競りはどうでしたか?」

「木肌の30kg以上が30本、それ以下が20本だ!」

「競り落とされたキハダマグロはどこへ?」

「関西方面と、後九州管内で売却されるよ」

「いろいろと丁寧に教えていただき、ありがとうございました。今度、熊野港で

会いましょう」と言うと、ニコニコしながら手を振って見送ってくれた。

今後は、宮崎県日向市に住む友人、宮光美(みやみつよし)さんの所に厄介になる

ことになっている。

みっつうアイジョウ(兄さんの意)とは親戚でもあり、郷里に帰った時は一緒に焼酎

を酌み交わす仲。

みっつうさんは、長年、貨物船の船長さんで、日本各地を回っていたそうですが、今

はたまに乗船するだけだとか・・・

みっつうさんには、午後3時30分頃行くからと連絡している。細島漁港を早めに切り上

げ、日向市街地方向へ。みっつうさんの家に着いたのが午後3時15分頃、着いてびっく

り!!

家の周りはカエルの大集合、軒下やカラオケ店の入り口付近ここには一段と大きなカエ

ルの腹の部分に「お客を笑顔でむカエル!」とある。

「みっつうアイジョウ」

「むつおじゃろ、今着いたやー」と言うと奥から出てきて、

「おお来たか!」

「カエルがものすごいもんじゃなー」

「子供達がよう遊びに来んどう」

みっつうさんの家の近くは通学路になっていて、家の前を子供達が通る時、

「カエルのおっちゃんオハヨウー」と声をかけるそうだ。

みっつうさんは子供達から声をかけられるのがうれしく、時には家の前に立って

子供達がくるのを待っているそうだ。

子供達は、カエルが大変物珍しく、時にはカエルと一緒に遊ぶこともあるようだ。

カエルの口に手をやったりして、上級生が下級生にお前もやれ!と言う中には、

いやこわいい!と言って手を両脇に隠す子供もいるとか・・・

カエルは、定置網等に使われているウキ、椰子の実ではないが古里の岸を離れて、

瀬戸内海を漂流しているものを拾い、サンだー等で加工し、ペンキを塗って仕上げた

ものとか・・・

また、みっつうさんは、住宅の横にカラオケ店を経営しており、その店の内装等は

自分で家庭的に仕上げ、お客様から大変親しまれているようだ。

店を経営して3年も経たないのに日向市では有名なカラオケ店で、昨年春、日向市に

大物歌手がやって来た。その大物歌手側からのコンサート以来通知があり、日向市を

まとめ、コンサートは大成功だったそうだ。終わってから、その大物歌手がみっつう

さんの所にお礼挨拶に来て、一緒に酌み交したとか・・・

しばらくすると、みっつうさんのバキー(妻)がやって来た。挨拶を済ませ、準備して

くれていた風呂に入った。その間、みっつうさんはかつおのたたきを作ってくれて、

僕が風呂から上がったらさっそくカラオケ店でダレヤメ開始。

その後、タクシーで日向市街地へ。大変豪華な料理店に案内され、最後に食べた肉料理

はこたえた。久し振りに腹一杯である。そして家に帰ってカラオケ。

稲子(みっつうさんの妻)さんが「ムッシャ兄ちゃん歌えや」と言う。

僕の渾名は「ムッシャン」である。それに兄ちゃんを付けるから面白い。

みっつうさんと二人で大笑い。稲子さんは、慈悲の気持ちがあったのだと僕は思って

いる。

「赤いハンカチ」を皮切りに4~5曲歌った。稲子さんは、ずうと脇役でマダカスで

調子を取ってくれたりである。長い旅の中で大変楽しい一時でした。

みっつうアイジョウ、稲子さん大変お世話になりました。

 

オオキニー(ありがとう)

 

つづく